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臭い物に蓋をする 日本の隠蔽体質

アルバイトの不適切投稿防止へ SNSに特化した教育機関がオープン 産経新聞 [9/30 10:45]


アルバイト店員によるSNSへの不適切投稿(写真:産経新聞)


外食チェーンなどの店舗で悪ふざけしたアルバイト店員らの写真が相次ぎインターネットに投稿されていることを受け、サービス事業者向け社員研修を手掛ける企業が来年4月、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)への不適切な投稿リスクをアルバイト店員らに教える講習をスタートすることが29日、分かった。SNSに特化したアルバイト教育を外食産業に提供する全国でも珍しい試み。社内研修に限界を感じる企業は多く、専門企業への外注を希望する声が高まっていた。

講習を始めるのは、「ホスピタリティ&グローイング・ジャパン」(東京)。同社が東京と大阪で運営するサービス業向けの教育・研修学校「グローイング・アカデミー」を会場に、企業は1カ月数万円の受講料で、アルバイト店員らが200人まで講習を受けることができる仕組み。

講習は、3時間程度の1回完結型にする予定。法律やITの専門家ら複数の講師が担当し、これまでのSNSへの不適切な投稿例を紹介し、気の緩みなどから非常識な画像を投稿する心理を解説。コンビニエンスストアのアイスクリーム用冷凍庫内でアルバイト店員が横になった写真をインターネット交流サイトのフェイスブック(FB)で公開したケースでは、店がフランチャイズ契約を解除されており、安易な行動が多大な損害を与える危険性を訴える。

さらに、画像投稿で店が損害を被った場合、信用の低下や風評被害で売れなくなった食品の廃棄にかかった費用が賠償として投稿者に請求され、投稿の影響で店舗が休業すれば、想定される1日の売り上げを基に算出した「休業損害」も請求に加算される可能性があることを説明する。

国内の外食チェーンでは人件費削減のため従業員の大半をアルバイト店員が占める企業も多く、「SNS被害」は悩みの種だ。特に食の安心・安全の意識が消費者に強まるなか、外食チェーンは危機感を抱いており、職場への携帯電話持ち込みを禁じたり、監視カメラの設置を検討する企業が増えている。しかし社内教育を強化する一方、複数の専門家を雇うと数十万円~数百万円規模のコストがかかる場合もあり、導入を断念する企業も少なくない。

ホスピタリティ&グローイング・ジャパンの有本均社長は、日本マクドナルドの社員教育機関の責任者などを歴任。これまでサービス業の接客や店舗経営など約百種類に上る講座を展開した実績で業界での信頼は厚く、トラブル防止を模索する企業の“駆け込み寺”になりそうだ。



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グリーンハウスと人

「温暖化、人が原因」95%…IPCC部会(9/27)


 【ストックホルム=石黒穣】国連の「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」第1作業部会は27日、石油や石炭を使う人間の活動が温暖化を引き起こしている可能性が「極めて高い(確率で95%以上)」とする報告書をまとめた。
 報告書は世界の温暖化対策を検討する基礎になるもので、27日午前(日本時間同日夕)に正式発表する。
 各国政府の代表が参加する作業部会は23日からストックホルムで開かれ、文言を一部修正して協議を終えた。報告書は温暖化対策をとらない場合、今世紀末の世界平均気温が2005年までの20年間と比べ最大4・8度、海面は最大82センチ上昇すると予測。最大限の対策をとるシナリオでは今世紀末の温度上昇が0・3~1・7度に抑えられるとした。



温暖化
人の驕りが
原因か
考え自体が
傲りなのか

「これは言うのをやめておこう」「もしかしたらなんか言われるかもしれないから黙っておこう」......

「完全にブロックされている」のは、汚染水ではなく特定秘密保護法案である。 投稿日: 2013年09月24日 18時10分


議論が深まる前にそそくさと通しておきたかった

それにしても、「特定秘密保護法案」とはネーミングが悪い。その法案名を易しくほぐしてしまえば、「とりわけ内緒にしたいことを外に出さないように内々で守らせていただきます」。3.11以降、諸々の隠蔽体質にようやく気付いてきた国民に向けて、こう銘打って、突っ込まれないはずが無い。1985年に議員立法として提出されるも廃案となった通称「スパイ防止法案」の正式名称は「国家秘密等に係るスパイ行為等の防止に関する法律案」(当初は「防衛秘密に係る~」だった)だが、こうして名義からはぐらかすこともせず「特定秘密保護法」と単刀直入に攻めてきたのは、なぜなのか。今となれば、数の論理での勝利が確約されている自信からなのだろう、と邪推できるが、この法案の歴史はそう短くない。海渡雄一・前田哲男『何のための秘密保全法か』(岩波ブックレット)によれば、この秘密法制についての議論がスタートしたのは2006年6月、自民党政務調査会での「国家の情報機能の強化に関する検討チーム」提言だ。第一次安倍政権からの宿題でもある。

しかし、この段になって、たった2週間のパブリックコメント期間を終え、ようやくやんやウルサく噛み付き始めたマスコミや世論に配慮するように、後付けで「知る権利」と「報道の自由」を明記する調整に入ったと聞けば、本心が見え透ける。とにかく、議論が深まる前にそそくさと通しておきたいのだ。

宮沢賢治「注文の多い料理店」のごとし

元・経産省官僚の古賀茂明氏は『週刊現代』(10月5日号)のコラム「官々愕々」で、そもそも官僚はパブリックコメントを、「『全く無駄な作業』『単なるアリバイ作り』」としか考えていないとし、今回のパブリックコメントについては「都合の悪い内容を表で議論されるのをなるべく抑えたい」ために行なわれたにすぎないと断じている。国民が五輪招致決定の狂想曲に踊らされたタイミングに合わせて「パブリック」を募ったのはさすがに偶然と思いたいが、極めて短期間、同じ与党の公明党にすら了解を得ずに進められたこの法案の〝駆け足〟感は、どこまでもきな臭い。

安倍首相は、パブリックコメントを募る前の8月26日の時点でこの法案について「報道の自由も勘案しながら、海外の事例を検討し、議論していく」としていた(9月19日・朝日新聞朝刊)。にもかかわらず、パブリックコメントが終了する段階に至るまで「報道の自由」についての記載を具体的に検討することを明言しなかった。そんなものは入れずに逃げ切れる、と考えていたと推測するのが自然だろう。

宮沢賢治の「注文の多い料理店」のようだ。つまり、ひとまず、本音を隠した言葉を並べて、前へ前へ、歩かせようとする。本当の目的が明かされるのは、最後の最後だ。

「いろいろ注文が多くてうるさかつたでせう。お気の毒でした。もうこれだけです。どうかからだ中に、壷の中の塩をたくさんよくもみ込んでください」

と、気付かぬうちに、後戻りできなくなる。手の平の上で管理される。いちいち大げさと思われるかもしれないが、「何が秘密となるかは、まだ秘密です」という法案を前にして、大げさに構えておくのは懸命な態度だろう。先述の古賀氏のコラムでも指摘されているが、この法案は自民党の憲法改正案と合わせて考えるべきだ。「21条・表現の自由」に「公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社をすることは、認められない」との追記をもくろむ政権であれば、塩をたくさんよくもみ込んで、体を差し出す最後がやって来ないとは断言できない。

「原発はあのぅ、民間の電力会社の話ですからねぇ」

TBS『報道特集』(9月21日)を見て、驚いた。磯崎陽輔首相補佐官が金平茂紀キャスターに、原発の情報は「特定秘密」になるのだろうかと問われ、こう答えている。敢えて議事録のように、聞こえたそのままに起こしてみる。

「原発はあのぅ、国家安全保障の直接の対象ではありませんから。民間の電力会社の話ですからねぇ、そういうのが秘密になることはありません」。

この発言は、しっかりと記憶されるべきだ。本心であっても偽っていたとしても、この発言は大きな問題である。

実際には原発に関する情報も特定秘密に組み込んでいく、と考えているくせにこの発言をしたとしたら、その場限りで逃げたわけで国民を騙したことになる。逆にもし、本心で「原発は対象にならない」としたのだとすると、この法案の4つの事項である「(1)防衛(2)外交(3)外国の利益を図る目的で行なわれる安全脅威活動の防止(4)テロ活動防止」とはそもそも何を想定しているのか、ますます怪しくなる。素人考えでも、あれだけの事故を起こして脆弱さを世界中に晒した原発が、この(1)~(4)の全てに即座に絡んでくることは想像に易い。この磯崎氏の発言は、「これは秘密です」と指定する権限を持つ側が、特定秘密をいかにあやふやなまま動かそうとしているかを早速〝ダダ漏れ〟にさせた見解と言える。

「レジリエンス・ジャパン」の意味

最寄り駅に貼られたポスターを見て、思わずのけぞる。内閣官房国土強靭化推進室が作成したポスターだ。なでしこジャパン佐々木監督がキリッとした強い眼差しで写るそのポスターにこんなスローガンが掲げられている。

「レジリエンス・ジャパン 国土ニッポン強靭化キックオフ!」。
馴染みのない横文字なので「レジリエンス(resilience)」の意味を調べてみる。復元力や回復力という意味を持つようだが、「近年は特に『困難な状況にもかかわらず、しなやかに適応して生き延びる力』という心理学的な意味で使われるケースが増えています」(人事労務用語辞典)とある。生き延びるためにしなやかに適応して下さい、と国民に訴える「レジリエンス・ジャパン」。この感覚は、まさに特定秘密保護法案のアティテュードとリンクするだろう。特定秘密保護法案の処罰対象に、「教唆」「扇動」が含まれることに注視すれば、適応しようとしない人たちに余計な事を言わせないようにする、という〝心理的な意味〟が浮き上がってくる。

逃げ切り制定を許さないために

この法案によって、まず生まれるのは「躊躇」だ。躊躇は、法律とちがって数値化できない。「これは言うのをやめておこう」「もしかしたらなんか言われるかもしれないから黙っておこう」......公務員たちは最終的に定まる文面よりも「空気」や「雰囲気」を敏感に感知して、たとえ社会を正すための内部情報であろうとも、保身のためにゴミ箱へクシャポイする選択をするだろう。その躊躇が法律と仲良く絡み合い、その絡み合いを前に報道側は自粛する。

「完全にブロックされている」と、どこかのプレゼンで空言を吐いた安倍首相だが、こちらについてならば、本当に「完全にブロック」できるかもしれない。9月23日の毎日新聞は、保存期間が過ぎた秘密文書がそのまま廃棄される恐れがあることを指摘した。なんと、「保存期間満了後の文書の取扱規定」を盛り込まずに、省庁ごとの判断で廃棄できるようにする可能性があるという。

9月19日の朝日新聞の記事にあるが、弁護士や主婦らでつくる市民団体が名古屋市内で同法の賛否をシール投票で問うたところ、計148票のうち、反対68票・賛成15票・わからない65票だったという。政府の思惑どおりだ。つまり、彼らは「わからない」の分母をいかに保ったまま通してしまえるかを練っている。この法案を熟考させれば、多くが反対するに決まっているからだ(賛成・反対だけに絞れば上記のアンケートの反対は82%だ/ただ、時事通信が行なった世論調査では「必要だと思う」と答えた人は63.4%だったが......)。

半数近い「わからない」人たちがこの法案を知らせることが何よりも大事になる。この法案の逃げ切り制定を許さないために、メディアはしつこく、くどく、何度でもこの危険性を訴え続ける必要がある。

『マスメディアはコントロールされている』

首相の「虚言」に無批判なマスメディアの罪 フォーサイト [9/24 11:38]

「状況はコントロールされている」――。


安倍晋三首相が9月8日(日本時間)にIOC総会で語った虚言(福島の被災者にとっては暴言)の持つ深刻な意味合いについて、日本の大手マスメディアは、問題をすり替えることで、見て見ぬふりを通すつもりらしい。

9日付の全国紙は社説まで、五輪招致万歳の提灯記事で埋まった。慶事である。大いに寿ぎ、論じていい。薄気味悪いのは、翼賛社説の中に、取ってつけたように、それも判で押したように各紙同じキーワードを使って、奇妙な御託宣が紛れ込んでいることだ。いわく、首相のIOC発言で事故原発の汚染水対策は「重い国際公約」となったのだから、五輪開催に浮かれずに、政府と東電は責任を肝に銘じるべし、と。何やら厳かに。

首相がIOCで滔々と述べた内容は、

  1. 状況はコントロールされており

  2. 汚染水は専用港の0.3平方キロの港湾内で完全にブロックされて外海には出ておらず

  3. 周辺地域の放射線被曝による人間の健康問題は、これまでも、現在も、将来もないことを保証する

の3点に要約される。

この中で、首相は何か国際公約をしたのだろうか。(1)も(2)も皆さまご懸念のようなリスクは存在していませんという、いささか傲慢な現状規定である。約束ではない。(3)では何かを約したようにみえるが、福島原発事故では一般公衆の被曝による健康障害は将来も存在しないと、科学的には全く根拠のない無責任な断言をしているに過ぎない。

汚染の拡大や健康被害を最低限にとどめるために、首相として何をどうするのか。目標も、基本方針も、やり遂げる決意も、約束のたぐいは何1つ語っていない。質問したIOC委員に対して、「記事の見出し(ヘッドライン)だけ見て騒がないように」と言い放った首相の、偉そうな物言いの、どこをどう押したら、新聞各紙のいう「重い国際公約」になるのだろうか。

福島原発事故の現状についての首相の見解は、科学的・技術的に見れば、とんでもない虚偽である。世界に広がる感情的な懸念と、情緒的不安を払拭するための政治的レトリック=「嘘も方便」という範疇も大幅に逸脱している。

日本国首相が公式に表明した国際社会に向けたあからさまな嘘は、原発には素人集団のIOCでこそさして問題視されなかったものの、いずれ、重いつけとなって、日本社会にのしかかってくるのに違いない。

噴飯もののPR

その第1弾が、9月16日からウイーンで始まったIAEA(国際原子力機関)の年次総会だろう。安倍首相への忠義に励むべく、山本一太・科学技術担当相は勇んで出かけた。世界に向けて「状況はコントロールされている」と、安倍発言をなぞって大見得をきって見せる心づもりだったとも伝えられている。

蓋を開けてみれば、山本科技担当相は、

    「海水の放射線量は世界保健機関(WHO)の基準を下回っている」

という、これも科学的には噴飯もののPRをしただけで、状況はコントロールされているという問題の発言は取り止めたようだ。演説後の記者会見では、

    「全体的にはコントロール下にあるといっていい」

と、負け惜しみともとれる発言をしているから、安倍発言に寄り添いたい忠義の気持ちは相当に強かったのだと推察できる。

山本担当相は総会での演説前にIAEAの天野之弥 事務局長と会談しているから、

    「事情に精通している各国の原子力関係者の前で、見え透いた嘘を言うのはおやめなさい」

といさめられたのかもしれない。

官僚的ごまかし造語

福島原発事故の本質は、まさにアウト・オブ・コントロール、管理不能の状況が2年半も続いていることにある。

3つの原子炉(1-3号機)で炉心の核燃料が全て溶融・落下し、現在、それがどこに、どんな形で鎮座しているのか、まったくつかめていない。広島の原爆数十発分に相当する膨大な量の放射性物質を含む核燃料は、未だに行方不明のままだ。人間の手が届かないところ、穴だらけの格納容器の奥底深く、放射性物質はむき出しのまま放置されている。

核燃料がどこでどうしているかわからないまま、闇雲に水を注入して、過熱と暴走を何とか抑えているというのが現状である。

原子炉を運転する際の技術的基準である「冷温停止」とは、核反応が停止した後も燃料体から発生する崩壊熱を、安定的に奪い続ける循環冷却が行なわれている状態を指す。福島の1-3号機は、事故から2年半たっても循環冷却ができず、冷温停止のメドすら立っていない。

技術的に厳格な基準である冷温停止に、「状態」というあいまいな言葉を継ぎ足して「冷温停止状態」などという、いかにも官僚的なごまかし造語を作ってみても、大量の核物質が人間の管理の外にある厳しい現実は変わらない。

定期点検中だった4号機の燃料貯蔵プールには、1-3号機をはるかに上回る使用済み燃料と使用途中の燃料がぎっしり入っている。

海外の専門家は、地震と水素爆発で半壊した燃料プールにひしめく大量の核物質の挙動を、かねて注視している。核反応の再開=再臨界などのリスクが、メルトダウンした1-3号機の炉心燃料よりはるかに高いとみているからだ。プールからの核燃料の抜き取りと、安全な容器(キャスク)への収納は、事故後2年半たってもまだ始まっていない。店晒しのままだ。

偉大な拡散力のたまもの

この夏、地球温暖化という大きなトレンドの中で、頻発する激しく極端な気象を日本社会は経験した。風速60メートルを超す竜巻や、1時間に100ミリ以上の水を地上に注ぐ破壊的な豪雨・台風が襲うリスクは、店晒しの核燃料が放置されている福島第1の原発サイトも例外ではない。

汚染水についても、港湾内でのブロックなど、相当に底の浅い嘘である。港に設置したシルトフェンスという一種の水中カーテンによって、放射性物質の流出が完全に止められるなら、470億円もの税金を投じて、技術的に未熟な凍土遮水壁を、原発の周囲にめぐらせる必要はないことになる。原発周辺の海岸線に、全てシルトフェンスを張り、港湾以外の海岸線から流出する汚染地下水も、完全にブロックすればそれで済むではないか。

シルトフェンスは本来、汚泥や油など汚染物質を囲い込んで動きを制限し、汚染の急激な拡大を緩和するためのもの。囲い込んでいられるうちに、油を固めて回収したり、汚泥を吸い上げたりする。シルトフェンス自体に、汚染物質を除去したり漉し取ったりする機能はほとんどない。

台風や嵐が来て、外海から海水が押し寄せれば、湾内や沿岸の海水は撹拌され、汚染物質は相当量が沖に出てゆく。台風18号が去ったすぐ後の港湾外の放射能データを見ればわかるはずだ。

一部に高濃度汚染のホットスポットはあるものの、今のところ、全体として福島の沿岸海域の汚染が国際基準以下の比較的低いレベルにあることは、歓迎すべき事実である。ただし、その理由はシルトフェンスによるブロック効果などではない。すべからく海洋の偉大な拡散力のたまものである。

海洋放出の可能性

事故発生直後、2011年4月1日から同6日までの6日間に、港湾内の2号機取水口から、高濃度汚染水が520トン流出した。放射性物質の総量は4700兆ベクレル、国の基準で原発に許容されている年間放出量の2万倍が、たった6日間で海に出ていった。

その後も汚染水の海洋流出は断続的にずっと続いている。それでも、周辺海域の放射性物質のレベルが比較的低いレベルで安定しているのは、海水中に紛れ込んだ異物を、薄めて、広げて、均一化するという、海の持つ自然の希釈・拡散力のおかげである。

これを否定して、シルトフェンスによるブロック効果だなどと主張すると、日本は今後100年、200年、とんでもない重荷を背負い続けることになる。

所在不明の核燃料に向けて、絶え間なく注水し続けることで大量に発生し続ける汚染水の、海への流出をある程度防げたとして、それを半永久的にタンクにためておけるだろうか。廃炉までの数十年間に発生する汚染水は、数億トンにもなるだろう。

ほとんどの放射性物質を除去し、取り切れないトリチウム(3重水素)は、基準の10分の1、100分の1以下に薄めて、海に放出するしか、現在の技術レベルでは処分の道はない。汚染水問題で9月に日本を訪れたNRC(米原子力規制委員会)の専門家も、スリーマイルに比べて格段に厄介なフクシマの状況からして、海洋放出を真剣に考慮すべきだと語っている。

後代への重いつけ

2006年に発効した廃棄物の海洋投棄に関する「改正ロンドン条約」によって、放射性廃棄物の海洋投棄は基本的に禁じられている。しかし、国際機関のIAEAが定める「規制免除レベル」以下の放射性廃棄物は、禁止の対象とはなっていない。

基準濃度以下のトリチウムを含む水の放出は、海洋の巨大な拡散力を考慮して、国際社会から許容される道がないわけではないのである。汚染物質の総量規制という環境保全の大原則には反するが、海洋生態系に大きな実害がないことを立証した上で、国際社会に丁寧に説明し、納得を得る努力を続ければ、道は開けるかもしれない。

海洋の拡散力を否定するのは、自らその道を閉ざし、汚染水をずっと陸上のタンクに貯留し続けるということである。タンクは必ず老化・劣化する。後代に重いつけが残る。その場しのぎの浅はかな嘘によって身を滅ぼす典型、と言えるかもしれない。

五輪招致をにらみ、非科学的で理不尽な韓国の日本産水産物輸入規制に怒りを覚えたとしても、誠実さのかけらもない虚言、自縄自縛に陥る欺瞞を、首相が口にして見得を切ってしまった罪は重い。

マスメディアの沈黙

安倍政権発足以来、急速に存在感を増している経済産業省 官僚の影が、今回の首相の発言の背後にちらつく。

電力・エネルギー利権の温存が最優先で、漁業者を含む福島の被災住民の苦境など、あまり目に入らぬ経産省のお役人が、都合のいいデータだけをつないで、威勢のいい作文を作り上げたのではないか。

人間の健康問題は将来にわたって一切ないという発言も、企業を見て人を見ない経産省の体質がよく出ている。低線量・低線量率被曝の健康影響は晩発性で、20年、30年後まで慎重な調査と丁寧なケアが必要なことを、ご存じないらしい。

チェルノブイリとは比べもの にならない人口密度の高い地域にバラ撒かれた大量の放射性物質が、住民の健康に与える「相対過剰リスク」を、当事国の首相が全く無視したのである。無責任の極みと言われてもしかたない。

縷々書き連ねてきたが、これだけ罪深い首相発言を、マスメディアはなぜ正面から取り上げないのだろう。安倍政権の後ろ盾のつもりなら、殿のやんちゃな物言いをたしなめ、誠実な国際対応を求めるくらいのことは必要ではないか。ただ腰を引いて沈黙するのではなく、「罪深い虚言」を「国際公約」などと言い換えて、読者・国民の目を塞ごうとするのは、戦前の翼賛報道とどこが違うのだろうか。

どうやら政府が確実にコントロールしているのは、福島原発の事故炉ではなく、大手マスメディアなのかもしれない。

IOC総会から11日後に福島第1原発サイトを訪れた安倍首相は、現地でもぬけぬけと、「汚染水の港湾内でのブロック」を公言した。

タンクから漏れた汚染水は港湾を外れた南側の海岸線から海に出た可能性があると、東京電力の所長から説明を受けてもなお虚言を撤回しないのを、確信とは呼べない。妄信、それも国益を損なう妄信と呼ばねばならない。

事ここに至っても、マスメディアは「汚染水に首相が責任持つ決意」などと、翼賛報道を続けるつもりだろうか。

ちなみに、5、6号機は少なくとも今後100年、日本社会からフクシマの記憶が消えるまで再稼働はできない。廃炉は実質的に決まっている。

企業会計上、動かせない原発は「資産」ではなく「負債」になる。このプラスとマイナスの逆転によって、東電が背負う負担は2000億円とも3000億円ともいわれる。

廃炉を自分で口にすれば、東電は債務超過で破たんを免れない。現実には不可避の廃炉も、国、首相からの特別な要請となれば、その会計処理に、国の援助と配慮が見込める。

汚染水処理と同じく、東電の存続のために国費が湯水のごとく費やされるという、いやな構図が、廃炉発言の後ろに見え隠れする。これも経産官僚の仕掛けだろうか。

科学ジャーナリスト・塩谷喜雄



Foresight(フォーサイト)|国際情報サイト
http://www.fsight.jp/

民主主義と暴力

民主主義についての東浩紀さんの考察(2013.09.24)
consaba
9/24 03:45

しかし、深夜の勢いでいうけど、民主主義(大衆の多数決による政策決定)は本当にいいものなのかどうか、そろそろ人々は真剣に考えるべきではないだろうか。
hazuma
2013-09-24 02:31:11

そもそも民主主義って、限られた人間だけが参加するのが前提の思想なんだよね。近代民主主義は、そこに、大衆社会というまったく違う要素が付け加わってできている。しかし、すべての人間に等しい権利が与えられるべきことと、すべての人間が政治参加をすべきであるという命法は、本当に等価なのか?
hazuma
2013-09-24 02:33:23

人権思想は尊い、これは人類史的に絶対に正しいとぼくは思うけど、どうも民主主義は怪しいような気がしてならないんだよな。
hazuma
2013-09-24 02:34:00

ルソーの言葉でいえば、ぼくは「一般意志」の発明は絶対的に革命的だったと思うんだけど、あれは別に民主主義の思想じゃないんだよ。社会契約論でも、一般意志論と政治体制論は別になっていて、一般意志実現には王制でも貴族制でもいいと書いてあるしね。
hazuma
2013-09-24 02:37:03

ぼくも在野になったし、そろそろ反民主主義論を自由に思想を展開すべきかもしれない。アカデミズムのひとにはバカにされるだろうけど、まあそれはどうでもいいや。どうせぼくは在野で無教養で実証ゼロの変わったひとだし。
hazuma
2013-09-24 02:38:41

いや、これけっこうまじめな話で、2011年の「一般意志2.0」がいまひとつブレイクできていないのは、あれは本質的に民主主義批判の本のはずなのに、民主主義のアップデートみたいな議論にしちゃったからだと思うんだよね。いまひとつ覚悟が定まっていない。
hazuma
2013-09-24 02:39:41

自由主義と民主主義はまったく関係ないです。RT @takerunba 自由民主主義体制だからこそ、こういうこと言えると思うのです。RT “@hazuma: 人権思想は尊い、これは人類史的に絶対に正しいとぼくは思うけど、どうも民主主義は怪しいような
hazuma
2013-09-24 02:40:13

歴史的には、民主主義はむしろ個人の自由を抑圧します。それはいまのネット見てても分かると思うけどw
hazuma
2013-09-24 02:40:41

共産主義はアウトですね。RT @MINDLAKE @hazuma 自分も人類はそろそろ民主主義と資本主義から脱却すべきだと思ってます。その先が何なのかよくわかりませんが。 理想だけで言えばスター・トレックの世界みたいに人類が人類の向上と進歩の為に労働する世界のような・・・
hazuma
2013-09-24 02:42:51

ぼくは資本主義と自由主義はいいと思う。問題は民主主義なんだな。みんなで決める、というのは、100人とかならいいかもしれないけど、1億とか10億とかいうスケールにはあわないんだよ。
hazuma
2013-09-24 02:43:55

つまり、人類も19世紀からこっち人口がずいぶん多くなってきたんで、単純にスケールの問題として民主主義アウトじゃないかとか思っているんですけど。
hazuma
2013-09-24 02:44:42

今がいちばんいいのは自明でしょ。RT @mr_takayuki_n \民主主義が最善かどうかはわからないですが、個人的には、じゃあ、自分はいつの時代に生きたいかと考えた場合、戦前、戦中は絶対に嫌。大正、明治も微妙。江戸も戦国時代も微妙。やっぱり今が一番いいかなと。だから民主主
hazuma
2013-09-24 02:45:18

あるわけないじゃないですか。おれはマルクスか? RT @naughty5119 @hazuma 興味本位で聞きますが、東さん的には代案はありますか?
hazuma
2013-09-24 02:45:46

だれが独裁制を肯定したの? RT @shirakawa_so_go @hazuma それでもったりな民主主義よりも、独裁的なリーダーシップのほうが時代のスピードにマッチするんですね。
hazuma
2013-09-24 02:48:03

民主主義の問題はスピードではなく、暴力性ですよ。
hazuma
2013-09-24 02:48:27

多数決の暴力とかいう議論があるけど、民主主義の本質はそもそも多数決なのであって、民主主義社会で多数決の暴力を回避するのは本質的にえらくアクロバットなのです。現在のインテリが、一方で「弱者の権利を」とかいいながら他方で「これは世論が許さない」とかいう滑稽なことになるのはそのせい。
hazuma
2013-09-24 02:50:48

人類全体がひとつの社会を作るような世紀に生きているぼくたちは、多数決の暴力を回避する有効なシステムを編み出さないとまじでやばいことになる。
hazuma
2013-09-24 02:52:39

みながそれを望んでいるのだからしかたない。民主主義は 原 理 的 に そういう思想なんですよ。このとんでもない暴力性はもっとみんな自覚するべきだと思うけどな。
hazuma
2013-09-24 02:53:41

たとえば、小平道路問題とかで、國分功一郎さんは「来るべき民主主義」とかいうけど、それは本当なのかな。「みんな」はむしろ道路作ってもいいと思っているのではないか。民主主義の思想ではそれを阻止できないのではないか。だからエコロジーとかあるわけで。
hazuma
2013-09-24 02:55:23

多数決ですよ。RT @nyanmage_x@hazuma: 人類全体がひとつの社会を作るような世紀に生きているぼくたちは、多数決の暴力を回避する有効なシステムを編み出さないとまじでやばいことになる。” ええっ? 民主主義の基本原理が多数決だけだと思ってたなんて事は…
hazuma
2013-09-24 02:55:59

熟議民主主義がどうのこうのとか、ラクラウとムフがどうとか、ラジカルデモクラシーがどうとか、そういう説教は止めてね>学生さん いちおうぼくそこらへん専門の一部だったから。。。
hazuma
2013-09-24 02:56:51

「ポストモダン云々以前に、日本はまず近代化していないわけです」とかいうバカでも言えそうなことを偉そうに言っている大学の先生って、恥ずかしくないのかな。
hazuma
2013-09-24 02:59:21

というか、この「バカ相手にしたくないから政治家にならない」って話。政治家になるとバカを相手にしなくちゃいけないって、いまは美徳みたいに言われているけど、本当はそれそのものが根本問題だと思うんだよね。
hazuma
2013-09-24 03:04:07

なぜなら、そうすると、頭いいひとは総じて政治家にならなくなるから。
hazuma
2013-09-24 03:06:47

結論:ない RT @msyk_8 @hazuma 「バカ」を減らす事って可能なんでしょうかね。。?「教育」にちょっと希望があるのかなと思うんですが。
hazuma
2013-09-24 03:09:00

教育にできるのは、せいぜい識字率の上昇、そして共通知識の整備くらい。それ以上は、ある種確率的な話になってくるので、教育によってみんなが同じように頭良くなることはありえない。
hazuma
2013-09-24 03:10:15

マジメな話、この民主主義アウト的な話は、むしろ福島(の復興)についてここ2年ほど考えるなかで出てきているんですけどね。
hazuma
2013-09-24 03:20:20

民主主義のなかで啓蒙でがんばりましょう、というのは別にまちがっていないけど、だれでもなにも考えなくても言えることなので、思想家を自称する以上、少しは別のことも考えなければと思っているということです。民主主義と大衆社会の結合は別に必然じゃないですしね。
hazuma
2013-09-24 03:50:24

ご臨とは何か

東京五輪経済効果は見当違い?前回長野では巨額債務で公共サービスが犠牲か Business Journal [9/23 06:37]


「Thinkstock」より


2020年の東京オリンピック開催が決定し、日本全体の空気は上向きつつある。だが、原発や被災地を巡る問題や、財政問題、景気対策など、問題はオリンピックが開催されても氷解するわけではない。オリンピック開催に死角はないのか? 7年後に向けて、あえて苦言を呈するニュースを見てみよう。

風刺画の矛先は「日本の不透明な汚染水対策」にある - サーチナ(9月14日)
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2013&d=0914&f=national_0914_006.shtml

東京オリンピックの開催が決定し、フランスの週刊誌「カナール・アンシェネ」が11日付の誌面で、この決定を揶揄する内容の風刺画を掲載。その内容は、脚が3本の力士と腕が3本の力士の取り組みに、コメンテーターが「すばらしい。 フクシマのおかげで、相撲が五輪種目になりました」と語るものと、防護服を着た作業員がプールの前に立ち、「五輪プールはフクシマにすでに出来上がっている」というもの。

菅義偉官房長官が「東日本大震災で被災した方々のお気持ちを傷つけ、汚染水問題に誤った印象を与える不適切な報道」だとして同誌に抗議するも、編集長のルイマリ・オロ氏は「謝罪するつもりはない」とピシャリ。オロ氏は「問題の本質は東京電力の(汚染水などの)管理能力のなさにあり、怒りを向けるべき先はそちらだ」とコメントしている。

東京五輪の経済効果、「3兆円説」は本当か? - 東洋経済オンライン(9月9日)
http://toyokeizai.net/articles/-/19160

オリンピック招致委員会が発表した経済効果は、13年から20年までの8年間で生産誘発額が約3兆円、付加価値誘発額が1.4兆円、雇用者所得誘発額は約7500億円という莫大なもの。はたして、この経済効果は本当なのか? 東洋経済オンラインでは、この経済効果を切り口に記事を掲載している。

明治大学専門職大学院長の市川宏雄教授は「3兆円どころか、実際には10兆円はいくだろう」と強気の試算。また、オリンピック開催により整備が進めば、都市の魅力としても「世界トップを十分に狙える」と鼻息が荒い。

だが、98年の長野オリンピック開催時は、施設整備などによって、02年度には1.6兆円の県債残高を抱える結果に終わった……。現在も県債利払いや関連施設維持費が長野県の財政を圧迫しており、長野では「オリンピックがなければ県民サービスが充実できたのではないか」という議論もあるようだ。

早稲田大学スポーツ科学学術院の武藤泰明教授は「五輪の経済効果がいくら、という議論は非常に内向きな話」と指摘。「開催までにバリアフリーが施されたインフラをどう整備できるか。また、震災に備えて都市復興の道筋を、五輪開催に備えた都市計画にどう盛り込んでいくかが大事」とコメント。

東京五輪決定、経済効果には疑問符 - Reuters(9月9日)
http://jp.reuters.com/article/jp_column/idJPTYE98806O20130909

Reutersでも、東京オリンピックの経済効果を疑問視するコラムが掲載されている。筆者のPeter Thal Larsenは、のっけから「経済効果というよりは、主に心理的な好影響にとどまる」「五輪関連の投資活動が日本をデフレから脱却させるとの期待は見当違い」と厳しい意見。既存施設の利用を掲げる東京オリンピックの投資予算額は44億ドル。運営にかかる34億ドルも、チケットや関連商品の販売、スポンサーによる資金提供によってカバーされる。3兆円の経済波及効果といっても、GDPを0.5%押し上げるだけにすぎないとしている。

東京五輪を仕切るのは力不足の都知事ではなくこの4人 - 現代ビジネス(9月12日)
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/36966

東京オリンピックの開催は、猪瀬直樹都知事の都政にも大きな影響があるようだ。これまで、猪瀬氏と「都議会のドン」として知られる内田茂都議を中心とする自民党都議は、犬猿の仲だった。しかし、オリンピックというビッグプロジェクトが展開されることで、一丸とならざるを得ない。

本記事では、オリンピック開催に向けて仕切り役を務めるには、行政間、業者間といった調整をさばけるだけの側近が存在しない猪瀬知事は力不足と看破する。そこで、ゼネコン各社が注目するのが、国レベルでは文科省に顔が利く森喜朗元首相と、麻生太郎財務相。
都のレベルでは前出の内田都議と石原慎太郎前都知事の側近である浜渦武生元副知事だ。過去を知り、人脈があり、実力を兼ね備えた人材でなければオリンピックを乗り切ることは難しい。

国民が浮かれ気分のオリンピック。しかし、7年後に焦点を定め、裏側では、すでにさまざまな思惑が渦巻いている。



何時つの話
原発問題
失念し
東京うかば
しずく福島

郷に入っては‥

民族伝統の「入れ墨」で入浴拒否 「合理性を欠く差別」として許されない? 弁護士ドットコムモバイル [9/22 17:15]


日本の温泉は外国人観光客にも人気だが・・・


ニュージーランドの先住民族マオリの女性が「顔の入れ墨」を理由に、北海道恵庭市の温泉施設で入浴を断られていたことが明らかになった。2020年の東京オリンピック開催に向け、菅義偉官房長官が「外国の文化に対して敬意を払い、理解をおし進めることが大事だ」と述べるなど、波紋を広げている。

報道によると、女性はマオリの言語指導者で、唇とあごの入れ墨は「モコ」と呼ばれる伝統的なもの。アイヌ民族の行事のために来日していた9月8日、関係者とともに温泉施設を訪れたが、入浴を拒否された。女性側は「反社会的な入れ墨とは異なる伝統文化であり、差別ではないか」と抗議したが、施設側は「入れ墨に威圧感や恐怖感を覚える人がいる」「背景までは判断できない。 入れ墨が見えれば一律で断っている」と説明したという。

公衆浴場ではしばしば、「入れ墨お断り」という注意書きを見かけるが、そのようなルールによる入浴拒否は、どこまで許されるのだろうか。北海道で開業する中村憲昭弁護士に聞いた。

入浴拒否は「差別」にあたる可能性がある

「このような入浴拒否は、合理性を欠く差別として許されない可能性があります」

中村弁護士はこう語る。その根拠はどこにあるのだろうか。

「『法の下の平等』を定めた憲法14条です。条文には『すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分または門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない』と書かれています。 憲法は本来、国と国民の関係を規律した法ですから、温泉施設の管理者と利用者の間、すなわち私人間に直接憲法が適用されるわけではありません。しかし、そこで結ばれた契約が『公序良俗』に反するか否かの判断の際には、憲法の趣旨が間接的に及びます」

入浴拒否が「差別」となるかどうかは、どう判断すればいいのだろう。

「差別的取り扱いが許されるかどうかは、目的や手段が社会通念上、合理的かどうかで判断されます。本件の場合、人によっては『暴力団排除の目的は合理的である』『不利益覚悟で入れ墨を入れたのだから、温泉に入れなくても我慢しろ』と考える人もいるでしょう。 しかし、あえて言いますが、入れ墨を入れている人が、すなわち暴力団といえるのでしょうか。昔の任侠映画ならともかく、最近の経済ヤクザはタトゥーなど入れません。外見では暴力団員と分からない者も多いです」

タトゥー(入れ墨)の有無による入浴拒否は「合理的」ではない

「逆に、今やタトゥーはファッションとして、若者に広く受け入れられています。サッカーやバスケットの選手などは、タトゥーだらけです。安室奈美恵など、芸能人にもタトゥーを入れている人は多くいますし、弁護士にだっています。そういったものや、今回の事例のように文化的な意味をもつ入れ墨は、反社会性とは無縁で、暴力団員でないことも明らかです」

時代は変わった――ということだろうか。

「社会通念は、時代によって変化します。かつて『長髪』は反社会性の象徴でした。米映画『イージーライダー』(1969年)で、主人公のキャプテン・アメリカは長髪を理由に住民に撃ち殺されます。でも、いま長髪にそこまでの意味を見いだす人はいないでしょう。それと同じで、もはや『入れ墨=暴力団』という考え方こそ偏見です。暴力団排除という目的を達成するために、全ての『入れ墨』を拒否するというのは、もはや手段として合理的とは認められないでしょう。現実に、外国人観光客の多いニセコの温泉では、事実上、入れ墨拒否というルールを撤廃した施設が多数あります。 また、『入れ墨お断り』としながらも、一見して暴力団関係者といえない場合は黙認している施設も多いようですね」

日本でも古代~江戸時代にかけては、一部の入れ墨が『刑罰』として使われていた時代もあったようだが、いまのタトゥー(入れ墨)はそれとは完全に離れた存在だ。「入れ墨」の存在だけをもって、その人の反社会性を判断するのは、もはや不可能だということなのだろう。

(弁護士ドットコム トピックス)

【取材協力弁護士】
中村 憲昭(なかむら・のりあき)弁護士
保険会社の代理人として交通事故案件を手掛ける。裁判員裁判をはじめ刑事事件も多数。そのほか、離婚・相続、労働事件、医療関連訴訟なども積極的に扱う。

事務所名:中村憲昭法律事務所
事務所URL:http://www.nakanorilawoffice.com/



「おかしいね、日本は」

仕事量とは何か

ノルマだと
迫りやむなく
不正して
決まり付かずに
狡狡下がる

九三式中間練習機

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No.2

なすこともなく物さびしげな毎日を送ると、魂は退化するだろう。

さぁ!創めよう。

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