FC2ブログ

「与えられた課題をこなす」から「自分で問題を作り出す」へ 「問題解決」よりも「問題創造」が重要視されるべきであろう

解けない問題を出された時の反応が、その人の能力のバロメーターとなる 2015年02月22日 11時29分


「教室から、生徒が8人出て行きました。そのあと、12人の生徒が教室に入りました。教室には何人の生徒が残っているでしょう?」

兵庫県の小学校で、上のような問題を生徒に出題し、どのような反応があるかを観察する試みがあった。
皆様は、表題の問題を解くことができるだろうか?
(出典:独学のすすめ ちくま文庫

この問題を出された生徒、あるいはそれを見た父母は当惑し、学校へ「解けない問題を出して生徒を混乱させないでくれ」と言った人もいたそうだ。

もちろん、極めて普通の反応であり、それ自体は何ら責められるものではない。

しかし、そのような父母の反応にもかかわらず、これは大変面白い問題である。まず最初に分かることは、「算数の問題としては解けない」ということだ。もちろん「学校」におけるテストであるから、生徒は当然、暗黙の「学校のテストにおけるルール」を意識して、すなわち、数学的に、あるいは算数として解こうとする。

しかし、それは無理である。「生徒の人数の初期値」が判明していない限り、算数の問題としては不十分で解けない。

そこで、機知に富んだ生徒は、違う側面から問題をとこうとする。例えば、

  1. 教室に8人とか、12人とかが出入りするような時間だから、早朝や放課後ではないはずだ

  2. 一気に多人数が移動しているので、休み時間、しかもトイレ休憩のような時間帯だ

  3. 12人というのは、休み時間が終わって戻ってきた人たちだろう。回答は一クラスの人数である30名程度ではないか。

上のような解答も、ひとつの回答である。このように、自分で推論を進める、あるいは過程を付加することにより「問題を解く」ことができるようになる。
上のような事ができる生徒は、単にお勉強ができるだけの生徒よりも、「有能」であると言っても差し支えないのだろうか。

「学校」と「企業」は異なるという。

実は、このちがいの根本的な部分は上のような話が根幹にある。
すなわち、企業においての「問題」はルールが曖昧で、すべての条件が与えられているわけではない。むしろ、不明な条件が多く、自分で条件を付加し、仮定を置いて問題を完成させてから、それを解く必要がある。

本来であれば、大学がこのような教育をするべきなのだろうが、大学を卒業しても相変わらず「習っていないのでわかりません」、「やったこと無いのでできません」という人がいるところを見ると、残念ながらまだ大学も十分役割を果たせていないのだろう。

「学校の勉強が役に立たない」 との批判も、こういった現実から起きているとみられる。

企業において、「与えられた課題をこなす」から、「自分で問題を作り出す」人が求められるようになってきた現在、「問題解決」よりも「問題創造」が重要視されるべきであるとは、金言だと思う。

スポンサーサイト



ビジネスパーソンの勉強とは、覚えることよりも、学んだらすぐ自分の手足を動かして身体で習得すること。実戦経験を積み重ねる中で、成果を出す力を獲得することです。

捨てる「習慣」:学歴や資格にこだわっていると「ヒマな人」だと思われる 2015年02月20日 05時00分


資格取得に自分の時間とお金をかけることは結構ですが、大事なのはいかにそれを回収するかということ。実戦経験を積み重ねる中で成果が出せなければ、それは単なる暇つぶしでしかありません。

本連載は、午堂登紀雄著、書籍『1つずつ自分を変えていく 捨てるべき40の「悪い」習慣』(日本実業出版社刊)から一部抜粋、編集しています。
「忙しい」という口グセ、完璧主義、自社基準の評価――あなたには「捨てたほうがいいかも」と思う習慣はいくつあるでしょうか?
時間と経験が積み重なると、自分でも気付かないうちに行動や思考が習慣化していきます。自分が本当は何を欲しがっていて、何がやりたいのかが分からないまま、情報や他人の意見に流されがちになります。
本書では、人生に「悪い影響」をもたらす40の習慣について、「捨て方」と「捨てて得られるもの」を具体的に伝えます。捨てたいと思うものを1つずつ捨てていくことで、あなたの人生は少しずつ前向きな方向に変わります。

 小→中→高→大→就職という進学ルートは本当に正しいのか、日本の教育内容は時代の変化に対応しているのか疑問に感じています。根拠の1つは、職業機会の変化です。

子どもたちは、まだ世の中に存在しない職業に就く

 例えば私が小学校に入学したとき、携帯電話やスマートフォン業界、インターネット業界はありませんでした。コーチングや情報セキュリティなども最近の仕事ですし、マンション管理士は西暦2000年以降に出現した職業です。
 ということは、20年後の将来、自分の子どもが就くのは、もしかしたら今はまだ存在しない仕事である可能性があるわけです。
 そう考えると、既存の概念や答えが存在する理論のインプット、旧来の常識から見た知識の暗記を繰り返す教育にいったいどれほどの価値があるのか――と、思えてこないでしょうか。
 もちろん、仕事の進め方や人間心理、問題解決やアイデア発想の本質がそうコロコロ変わるわけではありませんから、大部分の人にとっては、高等教育機関への進学は変わらず重要であり続けるでしょう。しかし、とくに日本の大学の多くは、研究者養成機関か従業員量産システムの域を出ていないと感じます。

世界で活躍する能力は学校で学べない

 クリエイティブな能力の高い人は、起業家だったり、自営業で活動しています。もちろんサラリーマンでも高給取りのポジションを手に入れています。
 実際、アップルやグーグル、アマゾンのように、業界を超えて競争ルールを変革した会社が利益を独占しています。とくに欧米各社が取り組むスマート革命は、IT業界だけでなく、自動車産業やエネルギー産業のあり方まで変えようとしています。
 さらに、ソーシャルメディア時代では世界に散らばるプロフェッショナルに声をかけ、あるいは声がかかり、グローバル規模でプロジェクトを組んだり仕事を受発注するのがあたりまえになります。
 翻って、今日の学校教育は「新しいものをつくる」「従来のしくみを変える」「ものごとの本質をとらえる」「ソーシャルでの社交性を身につける」「主義主張や価値観が異なる人と対話できる」といった能力を獲得、あるいは高度化するカリキュラムになっているでしょうか。
 ほとんどの学校の教育は、「ペーパーテストで良い点をとる」方向に向かっています。小学校はともかく、自我が芽生えた中学校、将来の進路を考え始める高校でも受験勉強を意識します。
 大学も理論重視で実務とはほど遠い。研究者の育成には適していても、ビジネスパーソンとしての基礎づくりになっているのか。
 つまり、学歴を得るための教育を捨て、子どもが自分の力で人生を切り開くことができるような教育を、親が意識して与えることも重要ではないでしょうか。

資格の限界

 今でも多くの社会人が資格取得の勉強をしています。
 かつては、資格を持っている人は「専門知識を持っている人材」「努力を惜しまない人物」という一定の評価を受けることができ、昇給や手当、昇進や転職などにおいて少なからず恩恵をあずかることもできました。
 しかし現代においては、「覚える」という行為の価値はどんどん低くなっています。たくさんの資格を持っていると「ヒマな人」という評価になりかねません。
 さらに、資格の問題点は、需要と供給のバランスの崩壊です。例えば、司法試験・司法書士・公認会計士・税理士・社会保険労務士・中小企業診断士・宅地建物取引等主任者の国家資格ホルダーは、平成に入ってからだけでも100万人以上増え、いまだに毎年5万人以上の合格者が生まれています。昭和の時代から数えると、有資格者はものすごい人数が存在することになります。
 さらに、簿記やFPなど、公的機関による資格取得者も含めると、毎年膨大な数の資格ホルダーが生まれているわけです。

 では、これからの人口減少時代、そうした有資格者に対するニーズは高まっていくでしょうか? 供給過剰になり人が余り、ダンピング競争になることが容易に想像できます。そんな競争過多の世界で勝ち残るには、よほどの商才が必要です。
 もちろん私は資格取得を全否定しているわけではありません。税理士や弁護士はもちろん、そもそも法律で独占業務として定められている資格も多数存在しますし、知的財産権の分野などのように、今後需要の拡大が見込めるものもあります。そうした独占分野で専門性の高いスキルを身につけて独立したいという、明確な意志がある場合もあるでしょう。
 しかし、「手に職をつけたい」などという漠然とした理由で取り組むには、資格取得に要する時間とエネルギーはあまりに大きいと言えます。
 そのため、資格取得を目指す前に「その職にニーズはあるのか?」「これからもニーズはあり続けるのか?」「どのような方法で収益化できるのか?」をしっかり考えてから取り組む必要があります。

投資するなら「回収」しないと意味がない

 「20代のうちは自分に投資しなさい」という主張は確かにうなずけますが、「投資」であるからには回収しなければなりません。つまり、勉強を始める前に、どのように回収すればいいかを同時に考えておく必要があります。
 最も重要な回収方法は、当然ながらお金を稼ぐことです。ビジネスパーソンの勉強とは、最終的に「どれだけお金を稼ぐ自分になれるか」という指標で測られます。
 なぜなら、顧客に喜んでもらってはじめてお金をいただけるわけですから、換金できない勉強は社会の役に立っていないということを意味するからです。それはつまり趣味の世界、暇つぶしです。

学びと実践を同時並行させる

 お金を稼ぐ自己投資とは、「身体を動かしてマスターする」ということを意識することです。例えば、コピーライティングの本を読んだらすぐにコピーを書いてみる。トップ営業のノウハウを聞いたら、家に帰ってすぐにロールプレイングしてみる。新しい英語表現を学んだら、すぐ口に出して何度も繰り返す。
 そのようにして、学んだことと身体の動きを直結させることを意識して、知識を実践力に変換することが大切です。
 つまりビジネスパーソンの勉強とは、覚えることよりも、学んだらすぐ自分の手足を動かして身体で習得すること。実戦経験を積み重ねる中で、成果を出す力を獲得することです。

こきゅうとは何か

大海に
浮き輪一つで
向かう形

今日という名の鏡 2

【科学】量子の世界では「時間の逆流」が起こっている…未来を知ることで過去の状態が変化


量子力学の世界では、観測される前の時点での粒子の状態は単に未知であるのではなく、そもそも決定されておらず、観測者の観測行為自体が粒子の状態を決定すると考える。これは、有名な「シュレーディンガーの猫」の思考実験の基になっている考え方である。

ワシントン大学のカーター・マーチ教授は、粒子の未来の状態を知ることによって、その粒子の過去の状態が変化することに気付いた。つまり、未来の事象を知ることによって過去を変えることができるということであり、これがもしも古典力学の世界にもあてはまるとしたら、私たちが現在取っている行動は、未来の私たちの意思決定によって影響を受けていることになる。

こうした考えは今のところすべて仮説ではあるが、物理学者たちは、量子力学の世界でこのような時間の逆転が実際に起こるかどうかを確かめるための装置の作製を行なった。マーチ教授はこの技術を使って2つの粒子の異なる時点での量子状態を観測した。

量子状態の検出はマイクロ波の箱に収めた回路によって行なう。マイクロ波長の光子を数個、箱に送り込むと、それらの光子の量子場が回路と相互作用する。箱の中に光子が存在しているとき、光子は量子系についての情報を持っている。光子同士を量子重ね合わせ状態にして、強い観測を行い、観測結果は隠したまま、続けて弱い観測を行なう。

時間が正方向だけに流れているとして計算すると、隠されていた量子状態を正しく当てる確率は50%になる。しかし時間が逆方向にも流れているとして、正方向、逆方向の時間での計算を等価に扱えるとすると量子状態を当てる確率は90%に上がる。

研究チームが量子の初期状態についての観測結果をチェックしたところ、正解確率はちょうど90%になっていた。この結果は、量子力学の世界では時間が正方向にも逆方向にも流れていることを示唆している。

マーチ教授のコメント
    「多くの粒子から成り立っているこの現実世界で、なぜ時間が正方向にしか流れずエントロピーが常に増大するのかはよく分かっていません。しかし、たくさんの人がこの問題に取り組んでおり、あと数年で解決できると期待しています」

http://www.dailymail.co.uk/sciencetech/article-2946445/Can-past-changed-FUTURE-Bizarre-quantum-experiment-suggests-time-run-backwards.html


シュレーディンガーの猫


シュレーディンガーの猫(英: Schrodinger's cat)またはシュレディンガーの猫とは、量子力学の問題点を突く思考実験。物理学者のエルヴィン・シュレーディンガーが1935年に発表した、量子力学に対する批判・攻撃。この思考実験は量子論にも関連する。

まず、蓋のある箱を用意して、この中に猫を一匹入れる。箱の中には猫の他に、放射性物質のラジウムを一定量と、ガイガーカウンターを1台、青酸ガスの発生装置を1台入れておく。もし、箱の中にあるラジウムがアルファ粒子を出すと、これをガイガーカウンターが感知して、その先についた青酸ガスの発生装置が作動し、青酸ガスを吸った猫は死ぬ。しかし、ラジウムからアルファ粒子が出なければ、青酸ガスの発生装置は作動せず、猫は生き残る。一定時間経過後、果たして猫は生きているか死んでいるか。

この系において、猫の生死はアルファ粒子が出たかどうかのみにより決定すると仮定する。そして、アルファ粒子は原子核のアルファ崩壊にともなって放出される。このとき、例えば箱に入れたラジウムが1時間以内にアルファ崩壊してアルファ粒子が放出される確率は50%だとする。この箱の蓋を閉めてから1時間後に蓋を開けて観測したとき、猫が生きている確率は50%、死んでいる確率も50%である。したがって、この猫は、生きている状態と死んでいる状態が1:1で重なりあっていると解釈しなければならない。

我々は経験上、猫が生きている状態と猫が死んでいる状態という二つの状態を認識することができるが、このような重なりあった状態を認識することはない。これが科学的に大きな問題となるのは、例え実際に妥当な手法を用いて実験を行ったとしても、観測して得られた実験結果は既に出た結果であり、本当に知りたいことである重なりあった状態ではないため、実験結果そのものには意味がなく、検証のしようがないということである。


【関連記事】
今日という名の鏡

右に進ませたい時に「右に進め」と言うのは簡単です。しかし指導者に求められるのは、選手自身が「右に進んだほうが良いんだ!」と気付きを得られるように持っていく力だと思います。

『何を言うかではなく、何を言わないか』物事を教える時に考えたい相手との距離感 2015年02月09日 12時44分


縄跳びを教えると言えば二重跳びや交差とびといった技を教えること。小学校やなわとび教室で自分たちに求められたのは「効率的に技術を習得するためのノウハウ」でした。

たしかに授業や趣味として縄跳びに取り組む場合には、こうした「表面的なエッセンスだけ」でいいでしょう。学習のモチベーションを維持する意味でもエッセンスは重要です。

しかしこれは表面的なエッセンスでしかありません。なぜなら彼らに「考えるプロセス」を伝えられていないからです。


教えることとは技術の継承・伝達ではない

上記の場合だと与えられた道に乗っかっているだけで、誰かが道筋を与えてくれなければどこにも進むことが出来ません。

加えて「誰も教えてくれないから何も出来ない」と言い出す。

トップの中にもこうした選手をたまに見かけますが、この状態でトップに居るのは極めて脆弱であると言わざるを得ません。

    技術を伝承するということは、技術そのままを継承するのではなく、発展させることが大切なのだ。「技術を開拓するアプローチの『回路』をどれだけ多く創るか」「どのようなアイディアが閃くか」までも含まれるということがおわかりいただけるだろう。※


考える力がなければ、自ら生み出せない

特定の種目でトップに居るとしても、コーチの献身的な擁護のおかげなのと「自力」でトップまで上り詰めたのでは大きく意味が違います。

自身の判断の元でコーチの指導を仰ぐのは自力です。ここに判断があるからです。一方で判断を含めた全てをコーチに委ねてしまっているのは他力本願です。

あなたが前者だった場合、そのコーチの元を離れても競技力を維持できる自信はありますか?


教える側の功罪

これは何も選手側だけの問題だけでありません。教える側が「考える力」を育てられなかった責任でもあるのです。問題の背景には「教えすぎ」という指導者の陥り易いミスが横たわっています。

    ある一定のレベルまできたら、手取り足取り教えるだけでは、飼い犬を育てるのと同じで主人の言いなりのままでしかなく、指導者の技術以上のものは身につかないと思う。※

初心者のうちは「型」や「基礎」が重要になるので手取り足取りでも仕方ありません。しかしいつまでもお世話しすぎるのは、いかがなものでしょうか?

選手の将来を一番考えているのはコーチである、と断言するのは良いですが、それって不健全な状況だと思いませんか?

だって選手自身の将来を一番考えるべきは、他の誰の人生でもない選手自身のハズです。にも関わらずコーチが人生を背負ったかのように思考停止に追いやり、選手が考える機会を奪ってしまうのは不健全ではないでしょうか。

    「何を言うかではなく、何を言わないか」という言葉の真意は、コーチが何を言うかではなくて、ハンマー投をしている本人が自分で気づくまでは身につくものも身につかない、ということなのだろう。※


教えるとは、自分以上の器にすること

熱心な指導者ほど多くの助言を与えます。最初の内に競技力を効率よく伸ばすには必要なことでしょう。「守破離」で言うところの「守」の部分にあたります。

しかし選手生命は長く、人生はそれ以上に長い。コーチの一存にばかり沿ってきた選手は自ら選択する力を失い、無意識の内に考えることすら放棄してしまうのです。

    父はよく、指導をする際に「何を言うかではなく、何を言わないか」が重要だという言い方をする。一定の距離感を持って、静観し、待つ。そして選手から聞かれたら、すべての疑問に答えられるように準備をしておく。※

    指導者の役割は、自分の器以上のものに高めること。野生の動物を育てるように、型にはめずにどうしたら伸びるか、技術向上のヒントを教えるのが重要だ」と父は言う。※

教える・教わるの関係には上下が生まれやすい。とかく先輩やコーチの言葉は、金言のように教わる側に届いてしまう可能性が高い。

右に進ませたい時に「右に進め」と言うのは簡単です。しかし指導者に求められるのは、選手自身が「右に進んだほうが良いんだ!」と気付きを得られるように持っていく力だと思います。
超える力 室伏広治著


むしろね、勉強していない素人のほうがいいんですよ。

堀江貴文「日本人は何かを始めるとき勉強から入りがちだが時間の無駄。ビジネスで成功したかったら実践あるのみ」 2015年2月11日


最近はサイバーエージェントと組んだトークアプリ「755」で快進撃を続けているホリエモンこと堀江貴文がホリエモンチャンネルでメルマガ読者に意外なアドバイスを送った。

将来マッチングサービスを展開したいと考え、ウェブやアプリ制作について勉強しているメルマガ読者からの相談。



「今の仕事の傍らでマッチングサービスの事業を始め、軌道に乗れば会社を辞めてマッチングサービスに注力し、また別の事業もどんどん立ち上げていきたいと考えています。マッチングサービスはまだまだ成長の余地があると考えています。でもこのような考えは甘いでしょうか?」

これに対してホリエモンはコツコツとした勉強よりも実践で経験を積んでいくほうが要領がいいと主張する。



「勉強というよりも実践が大事なんですよ。日本人はなんでも一歩踏み出すときに勉強する人が多いけど、時間の無駄だと思いますよ」。

寺田有希「いきなり実践で失敗するのが怖いんじゃないですかね。勉強してスキルを身につけたほうが失敗しにくくなるかなって」



堀江「いや、そりゃあ勉強すれば失敗する確率は減りますよ。でもその分時間が浪費される!しかも失敗確率が下がってないことも多い。だからまぁ勉強してもいいけど、『時間がもったいない!』って感覚はもってほしいなって思ってる」。

「人生って有限なので、よくわからん勉強に費やすよりは始めちゃったほうがいいんですよ」。



「むしろね、勉強していない素人のほうがいいんですよ」。相談者の地道な勉強を褒めるのかと思いきや、「時間の無駄」とばっさり切り捨てるとはこれは意外なアドバイスだ。

動画はこちら。

http://youtu.be/bmsX-WFK8Dk

ホリエモンは以前より一貫して「ビジネスにおいては下積み期間や地道な勉強は時間がもったいない」と主張している。

例えば過去には「ホリエモンが寿司業界の常識をぶった切った!『10年修行なんか意味ねーよ!数ヶ月だけ寿司アカデミーで学んで海外に進出しろ』」という主張を展開して世間が驚いたこともあった。このような常識にとらわれない発想がホリエモンのすごいところなのだろう。肝に銘じておこう。

「勉強より行動」


いとをかし

誤;対応を取ることを――
正;対応することを――

誤;激しい雨が降る確率(おそれ)が――
正;激しい雨の降る確率(おそれ)が――

誤;――だ、そう。
正;――だ、そうです。

70数年前もこうして「物言えぬ空気」が作られ、私たちの国は破滅へ向かったのではなかったか?

翼賛体制の構築に抗する 言論人、報道人、表現者の声明


私たちは、[ISIL]と称する組織・集団による卑劣極まりない邦人人質惨殺事件を 強く非難し、抗議するものである。また、この憎しみと暴力の連鎖の帰結として起きた事件が、さらなる憎しみや暴力の引き金となることを恐れている。

同時に、事件発生以来、現政権の施策・行動を批判することを自粛する空気が国会議員、マスメディアから日本社会までをも支配しつつあることに、重大な危惧を覚えざるを得ない。

    「人命尊重を第一に考えるなら、政権の足を引っ張るような行為はしてはならない」

    「いま政権を批判すれば、テロリストを利するだけ」

    「このような非常時には国民一丸となって政権を支えるべき」

そのような理屈で、政権批判を非難する声も聞こえる。

だが、こうした理屈には重大な問題が潜んでいる。

まず、実際の日本政府の行動や施策が、必ずしも人質の解放に寄与するものとは限らず、人質の命を危うくすることすらあり得るということだ。であるならば、政府の行動や施策は、主権者や国会議員(立法府)やマスメディアによって常に監視・精査・検証され、批判されるべき事があれば批判されるのは当然の事であろう。

また、「非常時」であることを理由に政権批判を自粛すべきだという理屈を認めてしまうなら、原発事故や大震災などを含めあらゆる「非常時」に政権批判をすることができなくなってしまう。たとえば、日本が他国と交戦状態に入ったときなどにも、 「今、政権を批判すれば、敵を利するだけ」「非常時には国民一丸となって政権を支えるべき」という理屈を認めざるを得なくなり、結果的に「翼賛体制」の構築に寄与することになるだろう。

しかし、そうなってしまっては、他国を侵略し日本を焼け野原にした戦時体制とまったく同じではないか? 70数年前もこうして「物言えぬ空気」が作られ、私たちの国は破滅へ向かったのではなかったか?

実際、テレビで政権批判をすると、発言者や局に対してネットなどを通じて「糾弾」の動きが起こり、現場の人々に圧力がかかっている。

問題なのは、政権批判を自粛ないし非難する人々に、自らがすでに「翼賛体制」の一部になりつつあるとの自覚が薄いようにみえることである。彼らは自らの行動を「常識的」で「大人」の対応だと信じているようだが、本当にそうであろうか?私たちは、今こそ想像力を働かせ、歴史を振り返り、過去と未来に照らし合わせて自らの行動を検証し直す必要があるのではないだろうか?

日本国憲法第21条には、次のように記されている。
    「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する」

日本国憲法第12条には、次のようにも記されている。
    「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない」

私たちは、この日本国憲法の精神を支持し尊重する。そしてこの精神は、「非常時」であるときにこそ、手厚く守られ尊重されなければならないと考えている。

なぜなら「非常時」にこそ、問題の解決のためには、様々な発想や見方、考え方が必要とされるからである。

私たち言論・表現活動に携わる者は、政権批判の「自粛」という悪しき流れに身をゆだねず、この流れを堰き止めようと考える。誰が、どの党が政権を担おうと、自身の良心にのみ従い、批判すべきだと感じ、考えることがあれば、今後も、臆さずに書き、話し、描くことを宣言する。
2015年2月9日




佐村河内氏や小保方氏なら平気でネタにするが、ISILは怖いからと空気を読む?世間に、心底嫌気が差します。


【関連記事】
日本共産党の池内沙織議員(32)twitter発言内容が物議を醸している

「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥」の真意 2

恥知らず
聞くは一時
耳なくば
釈迦に説法
孔子に悟道

若くして歴史の表舞台に登場し、あっけなく散ってゆく様は一輪の花の如くである。

“ももクロ妹分”12歳アイドル後遺症の恐れも…過激化する番組制作 2015年02月06日 07時30分


“ももクロ妹分”に重大アクシデント――。テレビ朝日の発表で4日に発覚した10代少女のアイドルグループ「3B junior」のメンバー(12)の事故が衝撃を広げた。このメンバーは1月28日、BS朝日のバラエティー番組の収録中に倒れて意識を失い、病院に搬送されていた。「3B junior」は人気グループ「ももいろクローバーZ」の妹分的存在。テレビ朝日は謝罪したが、危ぶまれるのはメンバーの体調だ。

「大丈夫かな」「一刻も早い回復を祈ってます」「テレ朝はどう責任をとるのか」――。

 事故の公表から一夜明けた5日朝も、ネット上では意識を失ったメンバーを気遣うコメントなどがツイッターに次々と投稿された。

 武田徹常務らが出席した4日のテレ朝緊急会見によると、事故が起きたのはBS朝日のバラエティー番組「3B juniorの星くず商事」(土曜深夜3時)の収録時。5人1組で、声を変える効果のある市販のパーティーグッズのヘリウムガスを使ったゲームをしていた最中の出来事だった。

 メンバーを診断した医師によると、ヘリウムガスを一気に吸い込んだことで、脳の血管に空気が入り、血流が妨げられている状態になり「脳空気塞栓(そくせん)症」と診断された。現在も治療中だが、意識が十分に戻ってはいないという。

 27人のメンバーがいる3B juniorは、公式サイトによると、ダンス・ボーカルレッスンを通してユニットデビューを目指すプロジェクトを展開。“ももいろクローバーZの妹分”として注目され、前出の「星くず商事」は初の冠番組だった。1月末にスタートしたばかりだが、7日の放送は休止となった。

 救急搬送から1週間後の公表になったことについては、テレ朝は「はっきりした原因の特定に至っていなかったことや、当初は早い回復が見込まれ、容体の推移を見守っていたことなどから、公表を控えていた。3日になって専門医の診断結果が出たこと、新たな治療によって回復の兆しも見られることなどから、ご家族の了解を得て公表した」と説明。「大人用と注意書きに記載されていたが、番組スタッフが注意事項を見落とすなど、安全管理に問題があった可能性があり、深く反省している」と謝罪した。

事故を受けて警視庁がすでに動いている。

「子供には危険なヘリウムガスを12歳に吸わせた演出方法を含め、管理責任を調べる方針。業務上過失傷害の疑いもある」(捜査関係者)

 医学サイトによると、空気塞栓症は、動脈中に生じた気泡によって各器官への血液供給が妨げられる状態を言う。今回のアクシデントはその症状が脳に及んだ。まだ体ができ上がっていない12歳、かつ重要な部位に生じた異常事態だけに後遺症も懸念される。芸能活動への支障も心配されるところだ。

 事故に対するツイッターコメントには「内容が過激化をたどる一途のバラエティー番組。反省が求められる」との批判も見られる。所属事務所は公式ホームページに「当社も大変心を痛めております。一刻も早いご回復を祈っております」とコメントを載せた。


ヘリウム事故は氷山の一角 アイドルの過酷生き残りレース 2015年2月6日


「努力は必ず報われる」――。世のアイドルたちは「AKB48」高橋みなみの“名言”を信じているのだろうか。

 テレビ朝日は4日、アイドルグループ「3B junior」のメンバー(12)がバラエティー番組「3B juniorの星くず商事」(BS朝日)の収録中、パーティー用のヘリウムガスを一気に吸った直後に意識を失い、緊急搬送されたと発表した。専門医の診断は「脳空気塞栓症」(脳の血管に空気が入って血流が妨げられる状態)。テレ朝広報部は5日、「先日の会見から女の子の容体に変化はありません。現在は点滴から口からの食事に切り替わっているとのことですが、意識はまだ十分には戻っていません」と説明した。

「3B」は「ももいろクローバーZ」の妹分グループ。5日に「ももクロ」は公式サイトで「私たちもとても心配しています。早く元気になりますように心より願っています」とコメントした。かくいう「ももクロ」もメンバーの佐々木彩夏(18)が昨年4月に関西テレビの音楽番組「ミュージャック」の収録中、イントロボタンを押すためにダッシュした際に転倒し、左足首を骨折。全治2カ月のケガを負っている。

可愛くて歌がうまいだけではダメ

 近年、芸人ばりに体を張るアイドルは増える一方だ。昨年3月放送の「乃木坂って、どこ?」(テレビ愛知)ではCDヒット祈願と称し、メンバーはバンジージャンプ、スカイダイビング、全国各地の滝行、世界一の大仏の頂上で清掃など、過酷ロケを敢行。先月末放送の「有吉AKB共和国」(TBS系)では、巨大ゴキブリをどれだけ頭に乗せられるかという企画や、牛のゲップをホースから口に吸い込む企画などをこなし、芸人顔負けの意地を見せている。今はアイドル戦国時代。可愛くて歌がうまいだけでは売れず、むしろ歌がヘタでも面白い方がブレークしやすい傾向にある。

 7日の放送は“休止”という形をとり、次回放送の14日については検討中というテレ朝。番組継続に関しても未定だという。「自粛」ムードからアイドルブームが終焉へ向かわなければいいが。



今の芸能界は、
白拍子の舞い”だと考えています。
松本幸四郎さんが考える、
<役者としての生き様>について、
太陽生命「希望篇」で、

苦しいから歌うんです、
我々俳優は悲しいから踊るんです―

とも語られています。
そんな世相を、
平盛国の如く制止したい‥
そう心相い、日々綴って折ります。


【関連記事】
ムーディ勝山 ブーム後を語る
プロフィール

カズラキー

Author:カズラキー

No.2

なすこともなく物さびしげな毎日を送ると、魂は退化するだろう。

さぁ!創めよう。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR